運動錯覚を用いた療法

運動錯覚を用いて上肢の麻痺を治療する

■視覚誘導性運動錯覚(Kinesthetic illusion induced by visual stimulation:KINVIS)とは

 KINVISとは、安静にしているにも関わらず,視覚による感覚入力によって運動しているように錯覚する現象のことです。KINVISはBox型のKiNvis™(図1)やヘッドマウント型のKiNvis™-Head Mount Display(KiNvis™-HMD: 図2)を使用して誘起します。

図1
図2

■KINVISを用いた治療法

 KINVISを用いた治療法には、KINVIS療法とKINVIS-NeuroMuscular Computer Interface療法(KINVIS-NmCI療法)の2種類があります。KINVIS療法では、映像の指を伸ばすタイミングに合わせて指を伸ばす筋肉に電気刺激を加えます。その間,被験者は指には力を入れずに、映像を観察するだけのため重症度の高い方も実施することが可能です。KINVIS-NmCI療法では,生体信号として主に被験者の筋電図を使用します。この療法では、被験者には指を伸ばそうとしてもらいます。この時、指を伸ばす筋肉の活動が設定された閾値を越え,かつ指を曲げる筋肉の活動が閾値を越えない場合に映像が動き出し、KINVISを誘起します。そのため、KINVIS療法よりも難易度の高い手法になっています。

■KINVISで生じる脳活動は?

 これまでの研究から、視覚によって運動錯覚が誘導されている最中には、運動の実行や運動のイメージ再生中と共通した脳内神経基盤が関与していることが示されています1,2)。また、視覚による運動錯覚と神経刺激を同期して組み合わせることで、さらに運動の実行に関わる脳の活動が持続することも示されています3)

図3 視覚刺激による運動錯覚中の脳活動2)(一部改変)

■KINVISでは麻痺の改善に効果がある?

図4 介入前後の上肢機能の変化4)(一部改変)

 10日間のKINVIS療法と運動療法を組み合わせた治療前後に,脳の機能的な繋がりが変化する可能性や運動機能が改善する可能性が示唆されました4)

 介入後には上肢運動機能を検査するFugl-Meyer assessment(FMA)や痙縮の程度を検査するModified Ashworth Scale(MAS)において、運動機能や手指屈筋の痙縮の有意な変化が認められました(図4)。また、それらの値とKINVIS前後に脳の機能的な繋がりが変化した部分の活動との関連が変化しました(図5)。

図5 脳の繋がりの変化と上肢運動機能の相関4)(一部改変)

■参考文献

  1. Kaneko, F., Yasojima, T. and Kizuka, T.: Kinesthetic illusory feeling induced by a finger movement movie effects on corticomotor excitability. Neuroscience, 149(4): 976–984, 2007
  2. Kaneko, F., Blanchard, B., Lebar, N., Nazarian, B., Kavounoudias, A. and Romaiguère, P.: Brain regions associated to a kinesthetic illusion evoked by watching a video of one’s own moving hand. PLOS ONE, 10(8): e0131970, 2015
  3. 金子文成: バーチャルリアリティ技術を用いたアプローチによる中枢神経損傷後の感覚運動麻痺治療の開発. バイオメカニズム会誌. 43: 29-34, 2019
  4. Kaneko, F., Shindo, S., Yoneta, M., Okawada, M., Akaboshi, K., Liu, M.: A case series clinical trial of a novel approach using augmented reality that inspires self-body cognition in patients with stroke: Effects on motor function and resting-state brain functional connectivity. Frontiers in Systems Neuroscience, 13 (76), 1-14, 2019